評論

ベンチャー企業が謝罪するとき

コインチェックの記者会見について、15歳で起業して5年で会社をバイアウト、今は複数の企業を経営するシリアルアントレプレナーとして活躍する正田社長と対談しました。

ベンチャー企業が謝罪会見に直面した時に、注意してほしいことをあれこれお話しています。

https://thepedia.co/article/2580/?order=2&

熱い対談になっていますので、ぜひご一読ください。

Youtuberのヒカルさんらの謝罪動画

Youtuberのヒカルさんらの謝罪動画を観ました。

個人的にいろいろ思うところがあったので、まとめます。

まず、彼らの謝り方についてですが、紙を読み上げるというスタイルです。これは一般的なスピーチでは、文章を覚えて話すものですが、このような謝罪では一言一句間違えることが許されないので、普通読み上げます。その意味で、読み上げたことは問題ありません。


また、金髪を黒髪に変えたり、しっかりとしたスーツにダークカラーのネクタイという出で立ちは、謝罪会見の王道で、この点も問題ありません。

ということで、最低限の自分たちのメッセージを届けるための作法はクリアされています。

では、彼らのメッセージとは何かというと、後半部に集中していて、以下のような内容でしょう。

「裁判で不利になったり、企業に迷惑がかかる可能性があり、自分たちが真実だと思うことを話すことが許されない状況があった。しかし、この状況は耐え難い苦痛であり、裁判以上に名誉回復を図るために自分たちの真実と信じることを公に話したい」

ということだろうと思います。

コミュニケーションストラテジストの僕としては、この勇気ある決断を評価したいと思う。

社会は多面的で、裁判は一つの戦いの場ではあるけれど、すべてではない。世論戦という外の戦いも当然、コミュニケーション戦略上考慮に入れる必要がある。

弁護士の先生は、決まって「裁判に不利になる可能性があるので、裁判で無罪を勝ち取ってから名誉回復を目指しましょう」と言うんですが、それじゃあ遅いんです。有罪か無罪かということも極めて大切ですが、生きている人間にとって、「有罪か無罪かより、あいつは悪いやつかどうか」という評判の方が、はるかに重たいことなんです。

堀江貴文さんは刑事で有罪判決を受けていますし、にしむらひろゆきさんも民事で負けまくっています。しかし、それでも社会的に抹殺されないのは、彼らのことを信じ、彼らを「いいね!」するファンが居て、社会の側からもも抹殺するほどの悪人じゃないと思われているからです。

裁判に勝っても、悪人のままのイメージが残るのでは、正直本末転倒なんです。人間は評判の生き物です。評判が傷つけられることは、それはそれは耐え難い苦痛なんです。

この事例が、今後の裁判と世論戦のバランスを考慮に入れたコミュニケーション戦略の事例として、記憶されて欲しいなと思います。

一応断っておきますが、一方的な動画であって、記者会見でないという点は問題であると思います。しかし、特殊な精神状態に置かれた人物の一つの選択だろうなとも思います。

オバマとトランプの演説からみるアメリカの精神

オバマ退任演説とトランプ会見を比較しながらアメリカの精神について考察した記事
「オバマ退任演説とトランプ会見の比較から見えてくる米国の精神」がニュースイッチに公開されました。

オバマさんの演説は、歴史に残る素晴らしい演説だったと思います。
ちなみに、年末の安倍首相のパールハーバー演説は、もう少し練っても良かったのに・・・、という内容でした。その趣旨でメディアにお話したら、水を指すことになるからなのか採用されなかったようです・・・。

普段は、安倍首相の演説は素晴らしいんですけど、歴史的に重要なスピーチで空振ったのはもったいなかったなあと思います。

PPAP、宇宙に衝撃を与えた無意味さ

今更ですが、PPAPが大ヒットしています。関連動画再生回数50億回以上、Youtube史上もっとも視聴されたコンテンツということになりました。

なぜ、こんなにヒットしているのか、私ごときが切り込めかどうかはなはだ心許ないのですが、思うところがあるので少し書かせていただきます。

PPAPは、多くの外国人から受けているわけですが、その反応は「スゲ—無意味!」とか、「スゲ—センスない!」という内容が多いようです。

それは、まったくその通りなんですが、なんでその「無意味」がこんなに受けるのかいうのが、よくわからないわけです。

それで、この問を解くヒントに、西欧のユーモアと日本のギャグを比較して考えてみたいと思います。

西欧のユーモアは、あくまで意味の戯れです。多くの場合、深刻な言葉を笑いに変えて、深刻さを無力化します。ソフトバンクの孫正義のユーモアを一つご紹介します。「髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのである。」これぞユーモアです。

一方、日本のギャグには深刻さを無力化するという働きは相対的に弱いものです。ビートたけしの「コマネチ」、小島よしおの「そんなの関係ねえ」などなど、もともと意味希薄なものを、より深い意味で無意味化しています。

コマネチは美人な体操選手ですが、ビートたけしの振りが付くと、体操選手のイメージが消し飛んでわけのわからないものになります。そこに意味の真空状態が形成され、その真空が笑いを創り出す源泉になっています。「そんなの関係ねえ」は、文字通り力づくで意味を無意味化するためのフレーズです。

さて、PPAPですが、これがこの観点から見ると見事なのです。まず、I have a pen. I have an apple. ですが、英語を勉強したことのある全ての人は、このフレーズを学ぶはずで、グローバルな非常に多くの人の脳内に意味を形成できます。

次にこの二つをくっつけて、apple pen を作ります。結果、圧倒的に無意味な物体を作り出すことに成功します。pineapple pen も、appleの韻を踏襲しつつ、やはり圧倒的に無意味な物体です。

次の瞬間、この二つの無意味な物体を、あろうことか繋げてしまうのです。そして、こう宣言します。

pen pineapple apple pen! 

ただでさえ無意味な物体が二つ繫がることで、宇宙に衝撃を与えるほどの無意味が形成されます。

なんということでしょう。これほどの無意味が、未だかつて世の中に存在したでしょうか?いや、なかった。だから、こんな凄まじいことになっちゃったんだと思います。

加えて、見た目はヤクザなのに動きがカワイイので、見た目の意味も真空になる。リズムだけでメロディーラインがないので、世界中の人がこの無意味と戯れることができたということも忘れてはならない点です。ということで、PPAPの中心にあるのは、宇宙に衝撃を与えるほどの無意味だと理解できます。

このブームが私にとって衝撃だったのは、日本のギャグが、海外の文化の壁を突き破って世界で通用するという事実です。欧米人には、一部日本通を除いて日本のギャグはわからないんじゃないかと思ってたんですが、ぜんぜんそんなことないみたいです。逆に、ギャグというものに慣れていない世界の人に対して、強烈なインパクトを与える力があることが明らかになりました。

ですので、今後こういうギャグはもっと世界に出て行くことになるんじゃないかと思います。

以上、PPAPについての真面目な論考でした。おしまい!

トランプ勝利演説はいまいち?

トランプの勝利演説は、正直いまいちでした。

かつてのトランプのようなキレはありませんでしたし、8年前のオバマの勝利演説と比べるとその差が歴然としています。

その理由を、ニュースイッチでスピーチを分析しています。

いや、正直な話、ぼくもよく経験するんです(笑)

リーダーに付き合うのって、大変ですよね(遠い目)